さて、今日は「長者番付」です。江戸っ子は宵越しの銭は持たねぇ・・・このフレーズを実行すべく二人の男が旅に出てんですが、そこで起こった事件とは?
・・・ではこちらは、平成17年6月12日の作品です。
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6月12日 「長者番付」の一席を
旅というのは何かにつけていいものでございやすな。
昔の旅は、今と違ってまことにのんびりとしておりやした。街道筋には茶店があって、ゆっくり休んだり、まあ、夜になれば宿場で泊まり、とにかく現在のように齷齪(あくせく)してはおりませんでしたな。
また逆に、雨が降ると川止めになりましてな。
箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川…
なんていいますからな。雨が降った日にゃもうどうしようもねぇ。
江戸っ子は宵越しの銭は持たねぇ、なまじ金を貯めると、
「あいつは無粋(ぶすい)だねぇ。しみったれだ。金なんか貯めてやがる」
なんて、白い目で見られちまうんで、大金がまとまって入るってぇっと、
「どうだ? ひとつこの金で、旅でもしようじゃねぇか」
って、気の合った仲間同士、足の向くまま、気の向くままの急がねぇ旅に出やしてな。
「おい、遅れるなよ」
「兄貴、もっとゆっくり行こうや…。おいら、頭が痛てぇんだ」
「茶店の酒、あんなにがぶがぶ飲むからじゃねぇか」
「…そうなんだよ。本当に悪い酒でぃ。あの『村雨』ってぇのは…。
店のばあさんが、
『村雨って名前の通り、この村を出たらさめるから』
なんて勧めてたんで、こっちだって安心してがぶがぶ飲んでたんでぃ。そしたらこのざまだよ…」
「おぅ…、もうしっかりしろよな。これからもよくあることだよ。何かあったらオレに相談しろ」
「…でもよ、兄貴。こうして旅をしていつも思うんだが、山があったら登らなくちゃなんねぇだろ?」
「当たり前だよ、そんなこと…」
「おいら、そこで考えたんだ。もっと楽して旅する方法をよ…」
「へぇ、どうするんでぃ」
「旅をするひとりひとりが、山の泥を握って川に捨てるんだよ。長い間、続けるとそのうちに山が平らになって、川が埋まるだろ?」
「へっ、何年たつと思ってんだよ。…長生きするよ」
「兄貴、おいら、話してるうちになんだか頭が痛てぇのが治って来たよ。…でも治った途端、またのどが渇いて酒が恋しくなったなぁ。…そういえば、さっきのばあさん、
『酒を飲むなら造り酒屋が多いから、売ってもらうと良かんべぇ』
なんて言ってたなぁ」
「そうだな。造り酒屋なら、いい地酒があるかもしれねぇぜ。じゃ、この辺りの大きな造り酒屋で1杯いただくとするか。あ、ここをちょっと入るとあるって言ってたな…」
これは今でもあるんですが、杉の葉を丸くして店先にぶら下げてありやして。杉玉って言ってますな。まあ、造り酒屋の看板ってぇところですかな。やがて、この看板を見つけやして、
「ありがてぇや。早速1杯売ってもらおう」
「まっぴらごめんやし。…まっぴらごめんやし」
「おーぅ! これはこれはよくいらっしぇーましただ」
「こちとらね、江戸の者なんですが、旅をしてましてね、近くに造り酒屋さんがあるって聞いたんで、たまにはうまい酒を飲みてぇって思いやしてね。でね、1升ばかり売っていただけねぇかって思うんですが、いかがでござんしょう?」
「おーぅ? 1升? 江戸の方、オラのところは造り酒屋だ。たった1升じゃ、売らねえだよ」
「じゃ、2升いただきたいんで…」
「おーぅ? 2升? たった2升だか?、オラのところは造り酒屋だ。たった2升じゃ、売らねえだよ」
「…いや、ごもっともで…。わかりやした。ならば5升ほどいただくことで、いかがでしょうかな?」
「おーぅ? 5升? 江戸の方、オラのところは造り酒屋だ。5升なんてはした酒、売らねえだよ」
「じゃ、どのくらいだと売ってもらえるんで?」
「そうさなぁ、車いっぱい買ってくれるんだったら、売りますだな」
こんな時、どうしても舎弟(しゃてい)分ってぇのは若いだけに気が短けぇ…。で、とうとうこいつが啖呵(たんか)を切っちまいやして…。
「おぅ、黙って聞いてりゃいい気になりやがって…。さっきから、造り酒屋、造り酒屋なんて自慢するんじゃねぇやぃ…。てやんでぃ! ふざけちゃいけねぇよ! そんなに売りたくねぇんなら杉玉なんか飾るな! とっとと燃やしちまいな! やい、うんつくめ! こちとら江戸っ子でぃ! 5升も10升も、そんな馬みてぇに酒をがぶがぶ飲めるかってぇんだ! べらぼうめ! 下手に出てりゃつけあがりやがって! うんつく野郎! 威張るなよ! このドうんつくの大うんつくめが!」
ついつい、悪態を突いちまいやしたな。
造り酒屋の旦那、それを聞いて、
「おう。あんだって? 何だね? 何か気にいらねえことがあったら勘弁していただきてえ。酒は売りますだ。ちょっくら待っておくんなせえ…」
「え? 売ってくれるんで? そいつはありがてぇや」
ところが、様子が変わって来やして。
「…おい、誰か若いのはいねえだか! 表の戸を閉めて、閂(かんぬき)を掛けちめえな! 槙(まき)ざっぽうを持って来い!」
「お? 何だ? 何だ?」
「おい、酒は売りますだが、今、うんつくとか言ってただな? そのうんつくの意味、何だね? 事と場合によってはただで外に出られると思うなや!」
何しろ旦那を筆頭に、恰幅(かっぷく)がいいのがそろって居丈高(いたけだか)になってやすから、もう、尋常(じんじょう)じゃねぇ。
兄さん、あわてて、
「お、おい、そ、そんな物騒なもの、しまってくれよ…。う、う、うんつく? これはな、お前さんを誉(ほ)めたんだぜ」
「何? 誉めただと?」
「そうでぃ。誉めたんでぃ。こいつが怖い顔をしたのでびっくりさせたんだったらすまねぇ…。おい! お前もさっさと謝るんだよ!」
舎弟分の頭を押さえつけて、無理やり下げさせやしてな。
「つ、つまり、うんつくってのはな、よくものには運が付くっていうだろ? そういう意味なんだよ」
「…あんだと? 運が付くだか? そりゃ、どういう意味だ! そんなんじゃ納得しねえだよ!」
「そ、そうだよ。だ、だから、運が付いて、う、うんつくなんだよ。お、お前さんの後ろにあるのは何だよ…」
「ああ。これけ? おめえらにはわからねえだろうが、長者番付だ」
「そ、そうだろ? それを江戸じゃ、うんつく番付って言うんだ」
「あんだね? そのうんつく番付ってえのは…?」
「だ、だからね…。西の大関、鴻池(こうのいけ)、ここはお前さんと同じ、造り酒屋をしてたんだよ。ところが当時、濁った酒しか作れないうえに、番頭が勘定をごまかす。ほとほと手を焼いたご主人が番頭に暇を与える。番頭は面白くねぇだろ? だから酒を無駄にしてやろうと、腹いせに、酒樽に火鉢の灰を全部放り込んだのがうんつく、運の付き始めだよ。灰を入れた途端に濁り酒がみるみる澄んで、これを『澄み酒』として売ったら大当たりだ。どうでぃ。どっと運が付いてドうんつく、これで大阪に出て、ますます繁盛して、大きく運が付いて大うんつくじゃねぇか。
番頭が東の大関、三井だろ? あれだってもとは金なんか無かったんでぃ。ある日、乞食(こつじき)の旅に出てて、宿を取りっぱぐれて途方に暮れてるってぇっと、お百姓が、
『じゃ、村はずれの空き家があるからそこに泊まんなさい。ただし変なもんが出るから気を付けてくださいよ』
って言われたんだよ。しょうがないんでそこに泊まるってぇっと案の定、火の玉が3つ出て来たんでぃ。その火の玉、ご主人の頭の上でくるくるまわると裏へ出て、3つの井戸に入って行ったんでぃ。翌日、早速井戸替えをして調べてみるってぇっと、なんとそれぞれの井戸の底から千両箱が出てきたんだよ。お上に届けるが出所はわからねぇ。それでそっくりこの3千両がご主人のものになったんだぃ。どうでぃ。幽霊の出る屋敷に泊まったのが運の付き始め、これだってうんつくじゃねぇか。ご主人、もう旅に出る必要なんてねぇや。で、江戸で呉服商を営んで、三井財閥さ。どっと運が付いてドうんつくの、大きな運で大うんつくだろ? それで三井だって、ほら、商標はこのうんつくを忘れねぇように3つの井戸のマークになってるじゃねぇか…」
造り酒屋の旦那、すっかりいい心持ちになりやして。
「そうけぇ。なるほどねぇ…。オラ、田舎もんでちっともわかんねぇで、これはどうも、大変にすまねぇことをしただな。おめえさん方、さぞかしお腹立ちだっただろうな…。どうか許してけれや。これはほんのお詫びだ。只今、一番いい酒を持って来させるだからよ…、好きなだけ、酒を飲んで行ってけれ。…おう、いつまで戸を閉めてるんだ。早く表を開けねえだか! すぐに、蔵に行って、一番いい酒をこっちに持って来いや!」
「いえね、わかってくれたらいいんだよ。え? お酌をしてくれるのかい? ありがてぇねぇ…」
ふたり、酒を飲み干し、
「くぅ~…。うめぇなぁ…。こんなうめぇ酒、飲んだことがねぇや。さすが地酒だ。いい酒じゃねぇか。五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染(し)みわたるぜ…。茶店の酒とはぜんぜん違うな」
「そうけぇ。ありがとうごぜぇますだ。それからおめえさん方にも、うんつくを教えてくれたお礼に、ひとつ教えてあげますだ。造り酒屋はな、酒を売ってくれって言っても売らねぇもんなんだよ。そういう時は、
『江戸から利(き)き酒にやって来た、飲ませてくれ』
って言えば、ただで快(こころよ)く、飲ませてくれるだぁよ」
「ほぅ。いい事を聞いたねぇ。兄貴」
「おぅ。…旦那さん。お前さんはきっといいうんつくになれるよ。あれ? ところで奥の暖簾(のれん)から顔を覗かせてるのはおかみさんかぃ? へぇ、いい女(め)うんつくだねぇ。そこに一緒にいるのはお坊ちゃん? それはそれは…。いい子(こ)うんつくだ。一家そろってうんつく面(づら)だな。折り紙つきの、ドうんつく、大うんつくだ」
すっかり気を良くした旦那、
「いや、お詫びのしるしだ。おめえさん方、一晩泊まって行きなされ。酒ならたんとあるから、ゆっくりと『うんつく』の薀蓄(うんちく)話、聞かせてけれや」
「いえね、こちとら、まだ旅の途中なんで。お酒は充分いただきやした。ごちそうさまです。また帰りにでも、ちょっくら寄らせていただきますよ」
「そうけえ…。じゃ、名残惜しいが、気を付けて行きなされよ」
「じゃ…、あっしたちはこれで…」
土産(みやげ)の一升瓶を2本ももらって、それをそれぞれ肩からぶら下げ、急いで二人は造り酒屋を出ましてな。
「…ふぅ、兄貴、助かったな」
「そうよ、お前があんなところで啖呵(たんか)なんか切るから、あやうく命を落とすところだったぜ」
「でも、おみそれしやした。よく、長者番付に目がいったな」
「そりゃそうさ。こちとら命をとられるかもしれんからな。我ながら必死だったよ。よくあんなでたらめが出たもんだ」
「え? でたらめだったんかい?」
「そうさ。みんなでたらめだよ」
「…兄貴。ところで、うんつくって、江戸じゃよく言うけど、意味は何なんだろうねぇ?」
「そうだな。バカとか間抜けとかいうんじゃねぇかな?」
「…っはは。な、女(め)うんつく、子(こ)うんつくっていわれてそろって喜んでたのかい? 一家そろってうんつく面(づら)、間抜け面かい…」
「おぅ、だから、ばれねぇうちにずらかったんでぃ」
あっし、不肖、粗忽亭が補足説明しやすと、うんつくとは、知恵の足らぬ者。とんま。のろま。っていう意味でしてな。実際に辞書にも出ておりやす。
「でも兄貴、ちょいと飲みすぎちまってよ。せっかくのいい酒も腹が下っちまって、ふんどしが『うんつく』よ…」
「おいおい、…おめぇは、いっつも小汚(こぎた)ねぇなぁ…」
するってぇっと、先ほどの造り酒屋の旦那が、二人を呼び止めやして、
「お~~~い」
「何だ~? うんつく~~~」
「おめえさん方も、江戸に戻ったら、一生懸命働いてなぁ、いいうんつくになんなさいよ~!」
「おぅ~、俺たち、うんつくなんて大っ嫌いでぇ!」
「ああ…、おめえさん方、生まれついての貧乏性かい」 本日は「長者番付」、別名「うんつく」の一席でお付き合いいただきやした…。
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テーマ : 落語
ジャンル : お笑い