さて、今日は「将棋の殿様」の一席です。
将棋が好きな殿様、ところがこれがまたいけない。無頼派で、自己流だったらまだ奥ゆかしい。殿様という身分を利用するだけ利用して・・・。
・・・ではこちらは、平成17年11月24日の作品です。
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11月24日 将棋の殿様はわがまま気まま
えー、こんちまた、ばかばかしいお笑いを。
こんちまた 逆さにいえば ちんこたま…
こんなくだらねぇ川柳はさておきといたしやして…。
今日は「将棋の殿様」ってぇ、いかさま将棋の一席で、ご機嫌をお伺いします。
将棋といえば、2005年の11月に、瀬川さんって方がアマチュアからプロの四段になりやしたが、これは戦後初めてでしてな。その前はってぇっと、花村氏がやはりアマチュアからプロになったんですが、凄いことでしてな。
まあ、瀬川さんも、もともとは将棋の奨励会に入ってやして、三段にまで上ったんですがな、残念なことにその頃、現在の将棋の長、羽生さんやら、佐藤さん、森内さん、丸山さん、藤井さんをはじめ、強豪がゴロゴロいた時代ですからな。瀬川さんの小さい時には、まあ、実際に指したかどうかはわからないですが、谷川さんなんかもおりますしな。
ですからプロに大勝ちしてるといえども、その頃に三段になれる実力があるんですから、当然かも知れやせんな。
さて、昔も将棋キチがおりやしてな。こちらはそんなのとは違いやして、ヘボ。それも上に「ど」がつくほどのドヘボでしてな。
なのに、誰にも負けたことがないんですな。
なぜかと申しやすってぇっと…。
その実体は、殿様ですからな。
つまり、殿様ですから特権を使い放題、力づくで何でもあり、誰も逆らえやせんで…。
もし仮に、逆らいでもしたなら、
「無礼者! よくも世に勝とうとしたな。え~い、そこに直れ! 打ち首にいたすわ」
なんて、将棋盤をひっくり返して刀を振り回すもんですからな。
「失礼奉(たてまつ)りました。投了でございます」
と、負けざるを得なくなりやして。
まさに、無手勝流(むてかつりゅう)のし放題でして、「戦わずして勝つ」ってやつですな。
噺はちょいと横にそれやすが、無手勝流ってぇのは、剣豪・塚原卜伝(つかはらぼくでん)が琵琶湖(びわこ)の八橋(やばせ)の渡し船の上で、乱暴でたちの悪い武士に真剣勝負を挑まれて、相手をだまし小島に上がらせやしてな。自分はそのまま武士を置き去りにして船を出して、
「戦わずして勝つのが無手勝流だ!」
と言って血気の勇を戒(いまし)めたってことから来てやして。
別の落語に「岸流島(がんりゅうじま)」ってぇのもありやすがな…。
噺を戻しやすが、この殿様、それ以上にいんちきでしてな。
とにかく、好きな自分の駒を勝手に持ち駒にして、それを好きなところに打って相手の駒を取ったりするのは殿様が、
「これは定石(じょうせき)じゃ」
などと勝手に決めたりしやしてな。
ただ、いくら殿様が「定石」と言っても、相手がその手を使うってぇっと、
「無礼者! 手打ちにいたす!」
となるのがオチでして、結局は殿様だけの定石なんですな。
もちろん二歩、三歩は当たり前でして、ひどいときは、殿様の手番で、歩を縦に九つ並べたって将棋もあったもんで…。
また、自分の駒が邪魔をしててもそこを通り越して敵の駒を取るってぇ高等戦術も日常茶飯事(にちじょうさはんじ)でしてな。
もちろん、斜めしか行けない角を縦に走ったりして、
「王手じゃ」
とやりますからな。
相手は家来といえどもたまったもんじゃありませんですな。
「お殿様。なにゆえに角がまっすぐ動くので?」
「何? 余は苦しゅうないぞ! この角はな、突然変異で動いたんじゃ」
もう、二の句を言わせやしませんですな。
「それでも…」
って、口答えでもしようもんなら、
「無礼者!」
と、一喝ですからな。
なぜそんなことができるかってぇっと、何しろ殿様ですからな。
こんな将棋を続けているうち、殿様もすっかり天狗になっちまいやして、
「世を倒したものには、褒美(ほうび)を取らすぞ。ただし負けたらこの鉄扇(てっせん)でつむり(頭)をはたくので覚悟しておけ」
ただ殿様はずるい行動だけでしてな、それでどんどん勝っちまって、家来のおつむりをポカリ。
もう塚原卜伝(つかはらぼくでん)でも呆れるほどですな。
家来も否応なしにコブだらけになっまって。理不尽このうえなしですな。
ですから、お相手が一人減り、二人減り、仮病を使ってまで将棋を敬遠する始末で、みな、殿様の相手をするのが億劫(おっくう)になっちまいやして…。
しまいには誰も殿様と将棋を指さなくなりやして。
それはそうですな。賞金を出したところで、殿様に勝とうとすると、
「無礼者!」
って脅されて、鉄扇でコブだらけですからな。誰だっててめぇの命には代えられやせんで。
「…おい、最近、暇だのぅ」
ちらと横目で、お目付け役の三太夫に、将棋を指す手つきをしながら囁きやす。
「世が勝ってばかりで、誰も相手にならぬ。腰抜けの家来はみな、相手にならんのじゃが、どうじゃ。三太夫。一局…」
三太夫も殿様のわがままを見かねてやしたので、
「では、殿。一局お願いされましょう」
早速、パチンと、殿様の先手でして。
殿様はへたくそなので、いきなり角の上の歩を突きやす。
「あ~あ。ド素人だな」
三太夫は、心でつぶやいて、飛車の歩を突きやす。
で、今度は飛車の斜め上の歩を突きやしたので、今度は三太夫、角道を通すように、角の斜め上の歩を突きやして。
さらに殿様、角の隣に銀が上がり、そのあと角の斜め上の歩を突いたものですからな。殿様の角がただで取られてしまいやして。おまけに三太夫の角は成って「馬」に変わりやしてな。
すると殿様、あろうことか、
「無礼者! よくも余の角を取ったな。打ち首にいたすぞ!」
三太夫、こことばかりに、
「殿、ご乱心を召さるな! 殿のお力は将棋ではその程度のものよ。角の気持ちもわからんとて、簡単に角を取られる。飛車の心をわからずして、頓珍漢(とんちんかん)なところの歩を突く。歩の心、わからずして、二歩を打ったりする。殿は将棋の気持ちもわからぬド素人よ。それを自分の無手勝流(むてかつりゅう)で、一般の市井(しせい)に刃物をかざし振り回し、力づくで向かって。ああ情けない、情けない…」
殿様、
「左様か…。まあいい。取れ!」
と憮然(ぶぜん)と言い放ちつつ、その角を自分の銀があるのにそれを飛び越して飛車で馬を取りやして…いつもの滅茶苦茶な将棋を披露します。
それを見逃さなかった三太夫。
「ああ、情けない。中国将棋じゃあるめぇし…。お取り越しでござるか。満足に日本の将棋のルールも知らずに自分の権力を利用し、振り翳し(ふりかざし)て、家来を脅し、こんないんちき将棋で鉄扇で家来のおつむりを打擲(ちょうちゃく)するとは情けない…。さぞかし家来も我慢をされてたんじゃろうな。おいたわしや…」
…あの。中国将棋には、実際、このお取り越しっていう駒があるんでございやすよ。お取り越しをしなくちゃ、相手の駒が取れねぇって駒があるんです…。
とにかく、三太夫がお目付け役という身分を利用し殿様を諭(さと)しやすってぇっと、ますます殿様不機嫌になりやして、将棋盤をひっくり返しやしてな
「これ、三太夫。目付け役とて許さん! そこへ直れ。打ち首にいたす!」
「ああ、殿、つくづく情けない。将棋は戦場の縮図よ…。殿が戦場で、そのような汚い手を通用させるかと思うと憂(うれい)以外の何者でもないわ。敵の駒を取るためといえども、味方を飛び越せる人間がどこに居るか! 挙句の果てに不機嫌になると盤をひっくり返すとは…。そんないんちきで駒を取られるならば、敵の王将も死んでも死にきれぬ。負けても負けきれぬ。殿の将棋はいくら勝ったと鼻を高くしても、所詮(しょせん)殿の負け将棋…死んだ将棋でどざいまするぞ! ましてや、盤をひっくり返すのは戦場から逃げる汚い将棋…」
ここまでまくしたてられるってぇっと、さすがに殿も言葉に詰まり、それでも駒を蹴飛ばしながら、
「え~い! もうやめじゃ、やめじゃ! こうなったら、今後一切、将棋などは指さんぞ! これから将棋を指したもの、打ち首にいたす」…って、ここまでが落語の「将棋の殿様」なんでござんすが、粗忽亭の落ちは、ちょいと違いやして。
「将棋を指すもの、打ち首」
とのお触れを出したまではよかったんですがな、
ところがでござんす。
殿が最初にそのお触れに背(そむ)いちまいやして…。
「どうじゃ。また余と将棋を指さぬか? 勝ったものには褒美、負けたものには鉄扇を…」
痛い目にあった家来は金輪際(こんりんざい)殿様とは将棋はやりやしませんぜ。
家来のおつむりの痛みもわからぬまま、将棋が恋しくなって御自ら(おんみずから)墓穴を掘って、すんなりとお触れに背いた(そむいた)殿様…。
ああ、あわれ、殿様将棋で打ち首になったってぇ噺でございやして…。 …で、言いだしっぺの殿が打ち首になったためにお触れは解かれ、その後、自由に将棋が指されるようになり、再び町に平和が訪れたってぇことで…。
ああ下手の横好き…。
結局、殿様、将棋をやめられなかったようでしてな…。
お後がよろしいようで…。
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テーマ : 落語
ジャンル : お笑い